戦国武将・松永久秀は、なぜ織田信長を裏切ったのでしょうか。
今回は、歴史メモ#001で考えた
「戦国武将・松永久秀は、なぜ織田信長を裏切ったのか」
という疑問について、本やネットで本格的に調べてまとめてみるよ。

1回目の裏切りについて調べてみた
信長は、足利義昭を次の将軍に取り立てたあと、だんだん仲が悪くなっていったそうです。
そして将軍足利義昭は、ついに各地の武将たちに
「信長をせめろ〜‼︎」
「えいえいお〜!!」
みたいな感じの命令を出したんだって。
すると信長に反対する武将たちがぞくぞく集まって、
なんと 信長包囲網 という、信長を嫌っている武将たちが集まった軍隊ができあがりました。
その中では戦いがたくさん起きました。
その中の一つが
三方ヶ原の戦い
です。
この戦いでは、信長包囲網の武将の一人
武田信玄
と、織田・徳川連合軍が戦いました。
しかしこの戦いで、まさかの織田・徳川連合軍は大敗。
「これでもう信長の運はつきたぞ〜!」
「信長の命はもうみじかい!!」
と思った松永久秀は、信長を裏切って信長包囲網に加わりました。
(加わっちゃったね。)
しかしそのあと大きな出来事が起こります。
武田信玄は遠征の途中で病死してしまいました。
(もう戦えないね。)
武田軍は本国に撤退します。
そのあと信長は、信長包囲網の武将たちを一人ずつ攻めていきました。
(で、すべて勝ったよ。)
そして信長包囲網の危機を突破した信長は、その勢いで将軍足利義昭を京都から追放しました。
これで勝ち目がなくなった久秀は、信長に降伏したらしいです。
ちなみに松永久秀は、茶器マニアだった信長にたくさんの茶器をあげて命を助けてもらったそうです。
みっきーは
「信長包囲網に加わって信長に逆らった松永久秀にも、茶器をあげただけで命を助けてくれるなんて、よっぽど信長は茶器が好きなんだなあ」
と思いました。
2回目の裏切りはなぜ起こったのかわかってない⁉︎
驚きの事実!
みっきーは2回目の裏切りについても調べてみました。
しかし、2度目の裏切りが起きた理由ははっきり分かっていないそうです。
信長包囲網には
- 石山本願寺
- 上杉謙信
- 毛利輝元
などの武将がいました。
でも、この時期には誰も信長を攻撃していませんでした。
なぜかというと、
上杉氏は北陸を行軍するので、冬は雪がたくさん降って軍を進めることができません。
毛利氏も、
毛利元就
の後継者である輝元が、本国を守ることを優先していたため
「織田信長を攻めよう!」
という動きはあまりなかったそうです。
それなのに、なぜ松永久秀はこの時期に信長を裏切って戦をしようとしたのでしょうか?
みっきーの仮説
みっきーの仮説はこうです。
「信長の敵は今あまりいない。
だから織田家も油断していると思った久秀が、
織田家を乗っ取ろうとしたのでは?」
調べてみて思ったこと
答えが分かっていないのはちょっと残念だけど、
いろいろ考えや仮説を話し合ったりできるので面白いです。
また戦国の歴史についておもしろいことを知ったら、みっきーブログに書きたいです!!
ちなみに
今放送中の大河ドラマ「豊臣兄弟!」に松永久秀が出てくるみたいです!!
みっきーも毎週楽しみに見ています!!
いろんな人物事典にもあまり詳しく書かれていないので、ドラマではどんな人物として描かれるのか、楽しみにしています!!

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