さーて今回は、滋賀県にある井伊家のお城「彦根城」の歴史や、敵が攻めてきたときにどのように防御するのかをお伝えしていきます‼︎
彦根観光ガイドさんの説明を聞きながら歩いてみると、彦根城にはたくさんのトラップのような防御の仕組みがあることがわかりました。(ガイドさんに色々教えてもらうことができて、自分たちだけで行くより100倍楽しかったです!!)

彦根城はなぜ作られた?井伊家の城の役割
彦根城は、もともと戦いに備えるために作られたお城でした。
理由は、
- 大坂冬の陣・大坂夏の陣で豊臣家に対抗するため
と言われています。
そのため、最初に作られた城主の御殿は、
いちばん安全な天守の前に作られていました。
つまり、
「戦いのときにすぐ守れる場所」
に作られていたということです。
しかしその後、大坂の陣で徳川方が勝利すると、日本は長い平和な時代(江戸時代)に入ります。
するとお城の役割も変わりました。
それまで
戦いのための城
だったのが、
政治を行う場所
へと変わったのです。
そこで家臣たちが集まって話し合うために、山のふもとに大きな表御殿が新しく作られました。
この表御殿が、現在の彦根城博物館の場所です。
彦根城の防御の仕組み|敵を追い込む城のトラップ
彦根城を歩いてみると、敵が攻めてきたときのためのいろいろな防御の仕組みがあることが分かりました。
石垣のトラップ
石垣にそって歩いていくと、気づいたら堀の下の方に誘導される道になっています。
するとどうなるかというと、
上にある天守へと続く場所から
弓や鉄砲で狙い撃ちできる
仕組みになっています。
つまり、攻める側はどんどん不利な場所に進んでしまうのです。
落とせる橋のトラップ
石垣の道をくぐり抜けて、また階段を上っていくと橋があります。
「ふつうの橋でしょ〜」
と思っていたら、実は違いました。
なんとこの橋は、
上から落とせる仕組みになっている橋
なのです。
つまり橋を落とされたら、
そこから先の天守には行けなくなるのです。
橋を壊して防御するなんて、すごい作戦だと思いました。

最後に登場するラスボス天守
いろいろなトラップをくぐり抜けると、最後に登場するのが天守です。
「きれいなお城だな〜」
なんて思っていると、油断はできません。
天守には
狭間(さま)
という、矢や鉄砲を撃つための小さな窓があります。
そこから敵を狙うことができるのです。
つまり天守は、
見た目はきれいでも最後の防御基地だったのです。
江戸時代は平和でも、城は強く作られていた
井伊家は、徳川家を支えた有力な大名で、
徳川四天王
の一つとして知られています。
彦根城の高い防御力も、井伊家の威厳を示すものだったと思います。
江戸時代は平和な時代と言われますが、
「絶対に戦いが起きない」とは言い切れません。
だからこそ、強いお城が作られていたのだと思いました。
でも、彦根城で実際に起こった戦いを調べてみると、
大きな戦はほとんどありませんでした。
つまり、
戦がなかったからこそ
昔の人が考えた防御のトラップが
今まで残っている
ということです。
もし彦根城で大きな戦いが起こっていたら、
これらの仕組みは壊れてしまったかもしれません。
そう考えると、みっきーが今こうして
彦根城の防御の仕組みを知ることができたのは、とても幸運なこと
だと思いました。
彦根城の見どころ|みっきーが面白いと思った場所
彦根城には、歴史以外にも面白いところがたくさんありました。
天守の階段
天守の中の階段がとても急です!
アスレチックみたいで、登るのが楽しかったです。
珍しい現存の馬屋
彦根城には現存している馬屋があります。
c中には馬の模型もあり、
「お城で馬の世話をしている人」
の気分になれました。

ハガキの木(タラヨウ)
彦根城には
タラヨウ
という葉っぱに文字が書ける木があります。
「ハガキの木」とも呼ばれていて、
実際に文字を書いてみました!
石垣のリサイクル
彦根城の石垣には、近くにあった
- 長浜城
- 佐和山城
などのお城の石が使われていると言われています。
つまり、
昔のお城の石を再利用したエコなお城でもあります。
石垣の積み方の違い
彦根城では、
- 築城当時の石垣
- 幕末に積み直された石垣
の両方を見ることができます。
石の積み方が違っていて、見比べるのも面白かったです。
お城の中に高校がある!
彦根城の敷地内には
彦根東高校
があります。
毎日お城を見ながら学校に通えるなんて最高!
みっきーも通ってみたいな〜と思いました。
今回の滋賀旅行では、他にも城や博物館を巡りました!



コメント