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【本能寺の変はなぜ起きた?】有力な説3選と豊臣秀吉黒幕説!|研究ノート⑧

やっほー!今回は本能寺の変をテーマにしてみたよ。

本能寺の変とは、1582年に明智光秀が織田信長を裏切って起こした謀反だよ。

画像:明智光秀肖像画
出典:Wikimedia Commons
ライセンス:Public Domain

他の松永久秀などの裏切りとは少し違って、この裏切りは織田信長の死につながった大事件なんだ。

明智光秀は、比叡山焼き討ちの際に信長から「比叡山を焼き払え」と命令されたけど、普通だったらそんなことできない!ってなるよね。

だけど明智光秀は、躊躇うことなく信長の命令に従ったんだ。

そんな忠誠心があったはずの明智光秀が裏切るなんて、何か重大な理由があるはずだよね。

だけど、明智光秀がなぜ本能寺の変を起こしたのかは、今でもはっきりとはわかっていないんだ。

残念。。。

でも、自分なりの説を考えられるのは面白い!

ということで今回は、本能寺の変がなぜ起きたのかについて、有力な説を紹介しながら、最後にみっきーが考えた説も発表するよ!

(参考文献:受験研究社『マンガでわかる!日本歴史のなぜ?ビジュアル新事典』)


本能寺の変の有力な説3選

では、早速この説からいくよ〜!

デデン!!野望説

野望説っていうのは、明智光秀が自分で天下を取りたかったから信長を裏切ったという説だよ。

多分こんな感じ↓

「今や信長の勢力は拡大中だ!!信長を討てば天下が取れるぞ!わーっはっはっは。」

明智光秀にも天下の野望はあったのかもしれないね。

デデデン!!!ハラスメント説

ハラスメント説っていうのは、信長の意地悪や暴力的な態度に激怒して、本能寺の変を起こしたという説だよ。

例えば、

・「このキンカン頭!」と言われた
・宴会の席で殴られた

などの話が伝わっているんだ。

多分こんな感じ↓

「信長め〜!まさか宴会の席で殴ってくるとはー!もう信長は大っ嫌いじゃ!よーし、本能寺の変を起こすぞ!」

そんだけやられていたら、本能寺の変ぐらい起こしたくなるよね。

デデデデン!!!!黒幕説

黒幕説っていうのは、徳川家康や豊臣秀吉などの有力な戦国武将たちが光秀を操って、本能寺の変を起こさせたという説だよ。

信長を嫌っている武将や、天下を目指している武将はたくさんいただろうから、信長が信用している光秀を利用してもおかしくないね。


みっきーが考える「豊臣秀吉黒幕説」

みんな〜、本能寺の変の説はわかってきたかな?

最後に、みっきーが考えた説を発表するね。

その名も〜

デデン!!

「豊臣秀吉黒幕説」!!

ここからは、みっきーが考えた説だよ!

もちろん、本当にこうだったという証拠はありません。

でも、もし秀吉が本能寺の変の黒幕だったら……?

そんな想像をしながら、歴史物語風にご紹介します。

それでは、

「豊臣秀吉黒幕説」

始まり、始まり〜!

豊臣秀吉と明智光秀のひみつの計画

豊臣秀吉は天下を取りたくなりました。

だけど今、信長に謀反を起こしたら、信長の有力家臣たちに攻撃されてしまうと思いました。

そこで秀吉は、誰かに罪をかぶせる作戦を考えました。

そのターゲットとなったのが明智光秀です。

なぜかというと、秀吉は光秀が信長にひどい扱いを受けたことを知っていたからです。

そこで秀吉は光秀に言いました。

「ね〜一緒に信長を裏切ろうよ〜。成功したら国をたくさんあげるからさ〜。ね、ね、ね!」

すると光秀は、

「いいよ〜。信長嫌いだし、国ももらえるなら!」

と賛成しました。

秀吉
「やった〜♪」

数日後――

信長
「サル!(秀吉のこと)毛利を攻めに備中へ向かえ!」

秀吉
「はは〜!」

その後――

秀吉
「光秀どの、謀反、頼みましたよ」

光秀
「必ずや」

そして秀吉は備中高松城へ向かいました。

実は秀吉は、最初から光秀を利用するつもりだったのです。

光秀に謀反を起こさせ、そのあと自分が討てば天下に近づけると考えていたのでした。

そこで秀吉は信長に、

「親方様〜。毛利攻めの最後の仕上げは親方様にお願いしたいので援軍ください〜」

と言いました。

信長
「いいよ〜。本能寺に泊まってから行くね。光秀、先に秀吉のところへ援軍に行っててね」

光秀
「はい!(よし、チャンスだ〜!)」

そして光秀は援軍に向かうふりをして、本能寺へ向かいました。

光秀
「敵は本能寺にあり!!」

信長
「わーわーーー!……無念……」

光秀の書状

その後、光秀は秀吉へ書状を送りました。

秀吉どの、あのにっくき信長を討ちました。ともに天下を取りましょう。

※光秀が毛利に「秀吉を挟み撃ちにしましょう」という書状を送ろうとしたという説もあるけど、みっきーはそれは秀吉が光秀を悪者に仕立てるための話だったのではないかと思っています。本当は秀吉に向けた書状だったのかもしれません。

中国・戻る気満々大返し!

秀吉
「光秀殿!……いや光秀〜!なんてことをしたんだ〜!親方様〜!」

家臣
「え?光秀の味方なんじゃないですか?」

秀吉
「いや〜、そんなことないよ〜。と、とにかく早く戻るぞ〜!」

そして秀吉は中国大返し……

いや、

中国・戻る気満々大返し!

で、ものすごい速さで戻り、光秀を破りました。

当然、織田家の家臣たちは同盟のことを知りません。

「秀吉ありがとう〜!光秀ひどいね〜!」

という感じになり、秀吉はどんどん力を持つようになったのでした。

とさ。


どう?みっきーの仮説!

「でも、どうしてそんなことが歴史の本に書いてないの?」

と思った人もいるかもしれません。

みっきーは、

「歴史は勝った人が書くこともあるから、秀吉に都合の悪い話は残らなかったのかもしれない」

と思いました。

もちろん証拠はありません。

でも、そんなふうに考えてみると、本能寺の変はもっと面白く見えてきます。

もしみっきーの仮説が本当だったら、秀吉はかなりしたたかな人物だったことになるね。


まとめ

本能寺の変には、

・野望説
・ハラスメント説
・黒幕説

など、さまざまな説があります。

でも、本当の理由は今でもわかっていません。

だからこそ、「なぜ明智光秀は信長を裏切ったのか?」を自分なりに考えてみるのが歴史の面白いところだと思います。

みっきーも本能寺の変のいろいろな説を知ることができて勉強になりました!

じゃあ、まったね〜!!

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