こんにちは〜!
前回は、水野勝成の豆自慢(前半)でした!(見ていない人は、読んでみてね〜)
▶︎福山城を建てた水野勝成!武功もすごいけど、放浪しまくりの人生がヤバい(前半)
今回は、水野勝成の豆自慢(後半)を紹介します!
よし、さっそく1番から始めよう!

出典:Wikimedia Commons
ライセンス:Public Domain
1. 家康にめちゃくちゃ言われるけど……
前半の最後は、まだ勝成っちは放浪をしてます!
その後、勝成は家康のとりなし(間に入って仲直りを手伝うこと)で、パパ(水野忠重)と和解! 勘当も取り消しになったよ!(ふ〜、良かった〜)
でも、、、、その後、パパは何者かに暗殺されてしまったのです。。(かなぴい)
関ヶ原の戦いの後、勝成っちは大坂の陣で、大和口の先鋒・総大将という重要な役目を任されるんだって!(すごいぞ勝成!)
もし大将が討ち死にしたら大変なことになるよね。だから、大将はなるべく後ろの方で指揮を取ることもあったんだって。
勝成っちは、前半でもめちゃくちゃ一番乗りをしてたよね。
そんな勝成っちの気性を知っていた家康は、勝成っちに「絶対一番乗りを取るなよ!」って何回も言ってたらしいの。
勝成っちは、毎回「はい」って答えてたんだけど、結局、大坂の陣では一番乗りを争って前に出ちゃったんだって!
このことで家康に怒られたのかも?
本当はもっと石高をもらってもよかった気がするけど、六万石だったんだって。
これはこれでなんかすごい。。(苦笑い)
2. なんと名君!?
家康が亡くなって数年後、やっと福山十万石を与えられた。(やった〜)
放浪時代に学んだ人脈、知識、経験を大いに活かして、めちゃくちゃ素晴らしい政治をしたんだって!
たとえば、城下町の建設や整備。産業の育成や、全国初とも言われる藩札の発行。
全国でも2位の規模だったと言われる上水道の建設や、荒らされていた神社仏閣の修理や再建などなど、数えきれないほどあるんだって!
めちゃくちゃすごいね!
3. 75歳でめちゃめちゃやばい活躍
勝成っちは老人になっても凄すぎる。
島原の乱(キリスト教徒や農民たちが参加した反乱)の鎮圧に、子孫とともに出陣!
その時、なんと勝成っちは75歳!
今でもすごい年齢だけど、昔はもっと大大老人。
勝成っちの軍勢は後ろの方にいたんだけど、勝成っちは一番乗りを争ったんだって〜。
本当に一番乗り好きなんだね、勝成……。
これで水野勝成の豆自慢、おしまいです!
みんなは勝成のこと、どう思った?
感想、送ってね〜〜!
まとめ
今回は、水野勝成の豆自慢を紹介しました。
なんか苦笑いしちゃうほど、勝成凄すぎる。
こんなにすごいところがあるのに、なんで有名にならないんだろうね?
不思議〜。
福山城も、イメージは地味だけど結構中は楽しいよ!
馬に乗れたり、鉄砲を打てたりして楽しい!
北側に鉄板が付いていて強そうだった!
日本のお城の中で、みっきーが見たことのない特徴だよ!
なんで鉄板が付いているのか気になって調べてみると、北側からの攻撃に備えるためだったらしいよ! 風雨を防ぐ目的もあったんだって!
水野勝成、頭いいね〜!
次のブログも楽しみにしててね〜!
じゃあ、またね〜!



コメント