みなさんこんにちは。
最近みっきーは福山城に行きました。

この城を建てた人は……「水野勝成」!!
「え、誰?」ってなるよね。。
でも実はこの人、めちゃくちゃすごい。。
なんと、あの徳川家康のいとこなんだって~~~~~!
「ぎょえ~」だね。
しかもこの人、家康のいとこってだけじゃなくて、めちゃくちゃ武人なんだって。。。しかも名君だってよ。
今回は、そんな文武両道の勝成っちの武勇伝を紹介していくよ~!
① 初陣から大活躍!勝成っちの最初の武功
勝成のパパは、水野忠重。
忠重は織田信長に仕えて、三河国の刈谷で3万石を治める大名になりました。
そのころ、勝成っちは奥田城などを任されたんだって。
そして、勝成っちの初陣は16歳(数え年)のとき!
1579年、高天神城攻めに参加しました。
その後、1581年に高天神城が落城したとき、勝成っちはなんと敵の首を2つ取る武功をあげたんだって。
その功績を認められて、織田信長から感状と刀をもらったそうです。
16歳でいきなりこの活躍!
「イエーい!」「ホッホー!」
勝成っち、最初から飛ばしてるねぇ~!
② 本能寺の変のあと、勝成っちは家康のもとへ!
1582年、本能寺の変が起きました。
織田信長が亡くなったあと、勝成っちは、なぜかパパの水野忠重のもとを離れて、徳川家康の軍勢に加わります。
そして、信濃などをめぐる争いの中で、北条氏と戦ったんだって。
この戦いは、黒駒の合戦と呼ばれています。
「え、なんでパパのところを離れたの!?」
このころから、勝成っちの人生はどんどん波乱万丈になっていくよ……。
③ 兜なしで出陣!一番首を取った勝成っち
勝成っちは、小牧・長久手の戦いのころ、結膜炎で目を患っていたんだって。
目が痛くて、重い兜をかぶるのもつらかったらしい。
そこで勝成っちは、兜をかぶらずに鉢巻だけで出陣!
それを見たパパの忠重は激怒。
「お前は兜を小便壺にでもしたのか!」
って怒っちゃったんだって。
※小便壺というのは、昔、尿を入れるために使われた容器のことだよ。
そしたら勝成っちも負けずに、
「兜がなくて頭を割られても、それは時の運。一番首を取るか、自分が取られるか、見ているがよい!」
と言って、敵陣に飛び出していったんだってね。
そして、そのあと本当に一番首を取って、徳川家康のもとに持参したそうです。
兜なしで戦に出るだけでもすごいのに、一番首を取ってくるだなんて……。
恐るべし、水野勝成!!
でも、パパからしたら、心配になるどころか、ますます頭にきそうだね……。
④ 家臣を斬って、まさかの勘当!?
勝成っちは、蟹江城の戦いでも徳川方として戦っていました。
ところが、その陣中で、とんでもないことをしちゃうんだってぇ~。
なんと、パパがかわいがっていた家臣の富永半兵衛を斬ってしまったのです。
「にゃ~」「ぎゃ~!」
なんでかっていうと、富永半兵衛が、勝成っちの悪事を忠重パパに伝えたからだといわれています。
自分が悪いことをしたのに、伝えた人を斬っちゃうなんて……。
手に負えないね~、勝成~~~~!
当然、忠重パパはめちゃくちゃ怒りました。
そして、ついに勝成っちを勘当してしまったのです!
勘当というのは、親子の縁を切ることを意味するよ。
「えええ~! そこまで!?」
でも、勝成っちの波乱万丈な人生は、ここからが本番だったのです……。
みんなも、勝成っちみたいにパパを怒らせすぎないようにね……。
⑤ 勝成っち、放浪の旅へ!
勘当されたあと、勝成っちは、めちゃくちゃいろんなところを渡り歩くことになります。
最初は仙石秀久に仕えて武功をあげ、豊臣秀吉から摂津国700石を与えられました。
「やった!」
……と、思ったのもつかの間。
翌年、パピーの忠重が豊臣秀吉の家臣になったのです。
勘当されたパパと同じ主君に仕えるわけにもいかず、勝成っちは自分の知行を捨てて、また浪人になったんだって。
「なんでそうなるの~~~!」
そのあとも、勝成っちはいろんな大名のもとを渡り歩きます。
まずは佐々成政!
最初に向かったのは、今の熊本県にあたる肥後国。
そこで佐々成政に1000石で召し抱えられました。
勝成っちは、肥後国人一揆の鎮圧でも活躍したそうです。
※肥後国人一揆というのは、佐々成政の領国支配に反発した国人たちが起こした一揆のことだよ。
ところが、そのあと佐々成政は切腹してしまいます。
「えっ、また!?」
次は小西行長!
佐々成政のあと、勝成っちは小西行長に仕えます。
さらに、加藤清正、立花宗茂、黒田官兵衛にも仕えたんだって。
有名な武将が次々と出てくるねぇ~!
しかも勝成っちは、ただ仕えるだけじゃありません。
黒田家にいたときも、豊前国一揆の鎮圧で活躍したそうです。
「勝成っち、どこに行っても武功をあげてるじゃん!」
ところが、ここでまた事件が起こります。
ようやく落ち着いたと思ったら……?
黒田官兵衛が隠居し、息子の黒田長政が当主になりました。
長政が豊臣秀吉にあいさつするため、船で大坂へ向かうことになり、勝成っちも同行します。
ところが……。
勝成っち、船を降りたあとに行方をくらませちゃったんだって!!
「えええええ~~~!?」
どうしていなくなったのかは、はっきり分かっていません。
一説には、長政から水夫の手伝いを命じられたことに腹を立てたからとも、秀吉に会いたくなかったからともいわれています。
どっちにしても、またまた自由すぎる勝成っち……。
いったい何があったんだろうね!?
水野勝成、波乱万丈すぎる人生!
いや~、ここまででも、勝成っちのすごいところがいっぱい出てきたね!
武功をあげまくる一方で、パパとケンカして勘当されるし、いろんな大名のところを渡り歩くし、最後には船を降りて行方不明!?
手に負えない番犬でもあるし、めちゃくちゃ放浪もするし、めちゃくちゃ武功もあげるし……。
つかみどころがない人だねぇ。
勝成っちのネタはまだまだいっぱいあるんだけど、いっぱいありすぎて、また次回に書きたいと思います。
書くことが多すぎて、みっきーを困らせるだなんて、勝成、恐るべし。笑
また次回で会いましょう!
まったね~!


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